大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成4年(行ケ)17号 判決

大阪府茨木市庄1丁目28番10号

原告

フジテック株式会社

代表者代表取締役

内山正太郎

訴訟代理人弁護士

内田修

内田敏彦

東京都千代田区神田駿河台4丁目6番地

被告

株式会社日立製作所

代表者代表取締役

金井務

訴訟代理人弁護士

本間崇

田中成志

訴訟代理人弁理士

高田幸彦

林實

主文

特許庁が、昭和63年審判第10691号事件について、平成3年11月21日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「エレベータのサービス予測時間算出装置」とする特許第1150628号発明(昭和49年3月29日に出願した特願昭49-34560号の一部を分割して新たな特許出願として出願され、昭和58年6月14日に設定登録されたもので、この特許発明を、以下「本件発明」という。)の特許権者である。

原告は、昭和63年6月13日、被告を被請求人として、本件発明につき特許無効の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第10691号事件として審理したうえ、平成3年11月21日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成4年1月13日、原告に送達された。

2  本件発明の要旨

別添審決書写し記載のとおりである。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、請求人が主張する理由及び提出した証拠によっては、本件特許を無効とすることはできないものと判断した。本件訴訟の争点に関する部分の要点は、以下のとおりである。

請求人が甲第1号証(本件訴訟事件での甲第3号証、以下「本件書証」という。)によりその存在と内容を立証しようとする論文(以下「本件論文」という。)は、1972~1973年当時に、マンチェスター大学の理工学部図書館に預けられていたゴードン・デイヴィド・クロス(GORDON DAVID CLOSS)氏の「THE COMPUTER CONTROL OF PASSENGER TRAFFIC IN LARGE LIFT SYSTEMS」と題する学位請求論文の原本(以下「クロス論文」という。)ではなく、その複写物を指しているものと認められるところ、クロス論文が1972年12月より希望者が自由に閲覧できる状態に置かれており、希望者には論文の写しが要求により交付される体制にあったことは認められるが、請求人が主張するミルブレッド・イェーガー氏、アーサー・エス・プライバー氏、ジョセフ・ジェイ・ベン・ウリ氏(以下「イェーガー氏ら」という。)が本件特許出願前に入手したものが、クロス論文の複写物であると認めることはできない。また、実際に請求人が本件論文の写しとして提出した本件書証が、クロス論文、あるいは、イェーガー氏らが入手したものと同じ内容のものであることについては証明がされていない。

したがって、本件特許出願前にクロス論文の複写物を入手した者がいたこと、その入手物が本件書証の対象とされたものと同じ内容であることを認めるに足りる証拠が提出されていないから、本件論文は、特許法29条1項3号にいう本件特許出願前に外国において頒布された刊行物に該当するものとは認められない。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本件発明の要旨の認定、本件論文がクロス論文の複写物を指していること、クロス論文が1972年12月より希望者が自由に閲覧できる状態に置かれており、希望者には論文の写しが要求により交付される体制にあったとの審決の認定は認める。

しかし、審決は、イェーガー氏らがクロス論文の複写物を入手したこと、本件書証の内容がクロス論文及びイェーガー氏らが入手したものと同一であることが明白であるのに、これを認めず、本件論文が本件特許出願前に外国において頒布された刊行物に該当しないとの誤った判断をし、その結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取消しを免れない。

1  クロス氏は、上記学位請求論文につき、そのタイプ印書物を原紙として印刷したハードカバー本6冊を業者に作製させた。マンチェスター大学理工学部図書館に所蔵されているクロス論文は、その内の1冊であり、別の1冊がクロス氏の指導教官であったバーニー博士に贈呈された。本件書証は、このバーニー博士所有のハードカバー本の複写物にバーニー博士が上記学位請求論文のオリジナルの写しであるとの添え書きをして、原告に送付されたものである。

このように、同図書館に所蔵されているクロス論文もバーニー博士所有のハードカバー本も、いずれも同一の原紙から印刷された上記学位請求論文のオリジナル・ハードカバー本であるから、その内容が全く同一であることは当然である。もっとも、クロス論文には、同図書館が受け入れ年月日を明らかにするために受入印を押捺し、クロス氏が宣誓文の末尾に署名をしているのに対し、バーニー博士所有の本には、このような押印、加筆がないが、このことは、バーニー博士所有の本が上記学位請求論文と内容的に同一であることを否定する根拠とはならない。

2  クロス論文は、マンチェスター大学理工学部図書館において、1972年12月から希望者が自由に閲覧しうる状態に置かれており、希望者には論文の写しが要求により交付される態勢にあったことは審決認定のとおりであり、このような状況の中で、イェーガー氏らが、それぞれ、同図書館に対してクロス論文の写しの送付を申し込み、その写しを入手したことは、同氏ら作成の各論文借用書(甲第6号証の2~4、甲第8号証の2)、宣誓書(甲第9、第10号証)及び書簡(甲第14、第15号証)から十分に認められる。

そして、本件書証がクロス論文と内容が同一で、イェーガー氏らが入手したものとも内容が同一であることは、前掲各証拠の他、バーニー博士の書簡(甲第6号証の1)、原告会社石丸治氏の書簡(甲第7号証)、マンチェスター大学理工学部図書館官エム・ピー・デイ氏の書簡(甲第8号証の1)、ダン・レビ氏の書簡及び論文(甲第10、第11号証)及び原告代理人内田敏彦作成の報告書(甲第16号証)により、明らかである。クロス論文が学位請求論文であることを勘案すれば、1972年に貸与可能とされ複写された時点から現在までに、修正が加えられているおそれは皆無である。

3  以上の事実によれば、クロス論文の複写物は、本件特許出願前に外国において頒布された刊行物に該当するものであり、その内容は、本件書証のとおりである。

第4  被告の主張の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。

1  クロス論文及びその複写物は、特許法29条1項3号にいう「頒布された刊行物」に該当しない。

最高裁判所判決は、「頒布された刊行物とは、公衆に対し頒布により公開することを目的として複製された文書、図画その他これに類する情報伝達媒体であって、頒布されたものを意味する」としている(最高裁判所昭和61年7月17日判決民集40巻5号961頁、同昭和55年7月4日判決民集34巻4号570頁)。この「頒布された刊行物」の概念を検討するに当たって重要なことは、最高裁判所の判決を含めこれまでの判決例の全てが、特許明細書の原本又はそれを複写したマイクロフィルム、あるいは、サービス会社からの特許明細書の複写物が問題となった事案であるということである。

「刊行」は、「書籍、文書、図画などを印刷して世に出すこと。版行。上梓。出版。」と定義され、「刊行物」は、「印刷し発行された文書や図画」とされる(「国語大辞典」小学館1981年発行)。

特許明細書の原本を複写したマイクロフィルムの複写物が何部か作成されて公開され、その写しを取ることが可能であっても、通常の生活用語として、これを頒布された刊行物ということは困難である。また、特許明細書の原本が公開されている場合に、その写しを何人が取ったとしても、その写しは、あくまでも写しにすぎず、これを刊行物原本ということはできない。

上記最高裁判所昭和55年7月4日判決は、「原本自体が公開されて公衆の自由な閲覧に供され、かっ、その複写物が公衆からの要求に即応して遅滞なく交付される態勢が整っているならば、公衆からの要求をまってその都度原本から複写して交付されるものであっても差し支えない」としているが、これも特許法のもとにおける特許明細書及びその複写物についての強い公開目的を念頭においた判断であって、この強い公開目的に照らし、「刊行物」及び「頒布」の概念を拡張して、これを「頒布された刊行物」としているのであり、同判決の射程距離も、これに限られるというべきである。

これに対して、本件のクロス論文は、タイプ文書の博士学位請求論文であり、タイプ文書自体、通常頒布されるべき性格を持たない場合が多いうえ、学位請求論文は公衆に対して公開を目的として作成された文書ではなく、それ自体が不特定又は多数の人に対する頒布を予定していない性質のものである。すなわち、博士号の授与につき、その審査の公正を担保するために、大学の図書館に保管し必要のある場合に閲覧を許可することがあるにすぎず、閲覧が事実上困難な研究者に対して、閲覧に代わるものとしてその写しが提供されているにすぎない。

原告の主張によれば、本件書証は、クロス氏の学位請求論文を印刷した6冊のハードカバー本の内、同氏が指導教官であるバーニー博士に私的に手渡した1冊の写しである。このように研究室の中で私的に手渡された場合や上記のように消極的に他人が閲覧しうる状態とされる場合をもって、「刊行」ということはできない。

したがって、クロス論文及びその複写物は、最高裁判決にいう刊行物の要件である「公衆に対し頒布により公開することを目的とすること」の要件を満たすものではない。

2  イェーガー氏らが入手したものが本件書証と内容的に同一であるという証明はない。クロス論文は、1972年12月に閲覧可能とされた時点以降、修正が加えられたおそれも否定できないし、原告代理人がマンチェスター大学図書館から取り寄せたクロス論文の写しとして提出されたもの(甲第16号証添付資料4)には、著者の署名及び「マンチェスター大学理工学部1971年1月19日 図書館」との印が存在するが、本件書証には、これが存在しない。

3  仮に原告主張のとおり、クロス論文ないしその複写物が「頒布された刊行物」であり、本件書証がクロス論文及びイェーガー氏らが入手したものと内容が同一であって、この点の審決の認定が誤りであるとしても、それだけで直ちに審決を取り消すのは相当でなく、本件訴訟においては、本件発明と本件論文記載の発明との同一性の有無が判断されなければならない。

もし、本件訴訟において、最高裁判所昭和51年3月10日大法廷判決(民集30巻2号79頁)の判旨に依拠して、この点を審理範囲から除外するとすれば、同判旨の内包する旧特許法117条(現行法167条)の「同一事実」を「同一証拠」と同義語とする誤謬を解決しない以上、明文の許容規定のないまま実質的証拠の法理を認めたことになり、憲法76条に違反することになるといわなければならない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。

第6  当裁判所の判断

1  審決認定のとおり、クロス論文が、マンチェスター大学理工学部図書館において、1972年12月から希望者が自由に閲覧しうる状態に置かれ、希望者に論文の写しが要求により交付される態勢にあったことは、当事者間に争いがない。

2  この事実と報告書本体及び添付資料1の成立について争いがなく弁論の全趣旨によりその余の部分の成立が認められる甲第16号証、弁論の全趣旨により成立が認められる甲第6号証の1、第8号証の1、第9、第10、第17、第19号証、同じく弁論の全趣旨により原本の存在及び成立が認められる甲第6号証の2ないし4、第7号証、第8号証の2、第11、第14、第15号証及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

ゴードン・デイヴィド・クロス氏は、1970年10月、マンチェスター大学理工学部から博士号学位を得るために「大規模エレベータ・システムにおける乗客交通のコンピュータ制御」(「THE COMPUTER CONTROL OF PASSENGER TRAFFIC IN LARGE LIFT SYSTEMS」)と題する論文を作成し、この論文のハード・カバー本6冊を業者に作製させた。この内の一冊が1971年1月19日マンチェスター大学理工学部図書館に受け入れられ、同図書館は、受け入れ年月日を明らかにするために受入印を押捺し、クロス氏が宣誓文の末尾に署名をした。これが、同図書館所蔵のクロス論文であり、クロス論文は、少なくとも平成3年(1991年)7月に至るまで加筆又は改変はされていない。また、別の1冊は、クロス氏から、同氏の指導教官であったジー・シー・バーニー博士に対し贈呈された。原告が提出した本件書証は、このバーニー博士所有のハードカバー本の複写物にバーニー博士が上記学位請求論文のオリジナルの写しであるとの添え書きをして、原告に送付されたものである。

同図書館において、クロス論文は、1972年(昭和47年)11月まで閲覧が制限されていたが、同年12月以降は、同図書館が申請者から当該論文のコピーを送付することの要求を受領すること、当該申請者がコピー送付に要する全費用を支払うこと、当該申請者が著作権法を遵守する旨の宣言書(同図書館制定の論文借用書(「LOAN OF THESIS」)の定型的書式に申請者が必要事項を記入し署名すれば、完成する。)を提出することの3条件を満たす限り、申請者が誰であろうとも、申請者にコピーを送付する態勢が採られた。

クロス論文については、1972年12月14日、テクニオンーイスラエル工科大学のジョセフ・ジェイ・ベン・ウリ氏、1973年4月4日、米国運輸省のアーサー・エス・プライバー氏、同年6月4日、米国エイ・オー・スミス社のミルドレッド・イェーガー氏の3名から署名入りの上記論文借用証が差し入れられて、クロス論文のコピーがそれぞれ送付された。

以上の事実によれば、イェーガー氏らが上記図書館の定めた正規の手続きに従い入手したクロス論文の複写物がクロス論文とその内容において同一であることは十分に推認できるものといわなければならない。

3  このように、クロス論文は、上記図書館において、1972年12月以降自由に閲覧できる状態におかれ、希望者には論文の写しが送付される態勢が採られていたのであり、イェーガー氏らは、本件特許出願前の1972年から1973年にかけて、上記図書館の定めた正規の手続きに従いクロス論文と同一内容の複写物を入手したのであるから、イェーガー氏らが入手したクロス論文の複写物は、特許法29条1項3号の規定にいう「特許出願前に外国において頒布された刊行物」ということができる。

けだし、同規定にいう頒布された刊行物とは、公衆に対し頒布により公開することを目的として複製された文書、図面その他これに類する情報伝達媒体であつて、頒布されたものを指す(最高裁判所昭和55年7月4日判決民集34巻4号570頁、同昭和61年7月17日判決民集40巻5号961頁参照)ところ、ここに公衆に対し頒布により公開することを目的として複製されたものということができるものは、必ずしも公衆の閲覧を期待してあらかじめ公衆の要求を満たすことができるとみられる相当程度の部数が原本から複製されて広く公衆に提供されているようなものに限られるとしなければならないものではなく、原本自体が公開されて公衆の自由な閲覧に供され、かつ、その複写物が公衆からの要求に即応して遅滞なく交付される態勢が整っているならば、公衆からの要求をまってその都度原本から複写して交付されるものであっても差支えないと解される(上記最高裁判所昭和55年7月4日判決参照)からである。

被告は、クロス論文は学位請求論文であって、特許明細書及びその複写物のように強い公開目的を有するものではなく、クロス論文及びその複写物は不特定又は多数の人に対し頒布することを予定したものではないから、「頒布された刊行物」ではないと主張するが、上記説示に照らし採用できない。

4  原告が提出した本件書証は、上記認定のとおり、バーニー博士所有の本の複写物にバーニー博士が上記学位請求論文のオリジナルの写しであるとの添え書きをして、原告に送付されたものであり、また、上記図書館所蔵のクロス論文とバーニー博士所有の本とは、いずれもクロス氏の学位請求論文のハードカバー本として同時に作成されたものであり、さらに、イェーガー氏らは、上記図書館の定めた正規の手続きに従いクロス論文と同一内容の複写物を入手したのであるから、本件書証は、その論文の内容において、バーニー博士所有の本及びクロス論文とも、また、イェーガー氏らが入手したクロス論文の複写物とも、同一であると認められる。クロス論文に、上記図書館の受入印の押捺及びクロス氏の署名があるのに対し、バーニー博士所有の本にはこれがないこと、本件書証にバーニー博士の添え書きがあることは、この認定の妨げにならない。

5  以上のとおりであるから、審決のクロス論文の複写物に関する認定判断は誤りというほかはなく、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすものであることは、審決の前示理由に照らし明らかであるから、審決は違法として取消しを免れない。

なお、当裁判所が、上記の理由により、本件発明と本件論文記載の発明との同一性を判断せずに審決を取り消すことが憲法76条に違反しないことはいうまでもない。

よって、原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 木本洋子)

昭和63年審判第10691号

審決

大阪府茨木市庄1丁目28番10号

請求人 フジテック株式会社

大阪府大阪市北区梅田1丁目2番2-1200号 大阪駅前第2ビル12階

代理人弁理士 内田敏彦

東京都千代田区丸の内1丁目5番1号

被請求人 株式会社日立製作所

東京都千代田区丸の内1-5-1 株式会社日立製作所 特許部内

代理人弁理士 高田幸彦

東京都千代田区丸の内1丁目5番1号 株式会社日立製作所 特許部

代理人弁理士 稲毛諭

上記当事者間の特許第1150628号発明「エレベータのサービス予測時間算出装置」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

審判費用は、請求人の負担とする。

理由

1.本件第1150628号特許発明

本件第1150628号特許は、昭和49年3月29日に出願した特願昭49-34560号の一部を昭和54年10月8日に特許法第44条第1項の規定により分割して新たな特許出願として出願され、昭和58年6月14日に設定登録されたもので、その発明(以下、「本件発明」という)の要旨は、出願公告された明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。

「複数の階床をサービスするエレベータにおいて、少なくとも当該エレベータの位置と停止すべき階床を示す信号を入力し、ホール呼び発生階床に当該エレベータがサービスするに要する時間を算出する手段と、上記ホール呼び発生後の継続時間を算出する手段と、上記サービスに要する時間と上記継続時間とを加算して上記ホール呼び発生後当該エレベータがサービスするまでに要する時間を算出する手段とを備えたことを特徴とするエレベータのサービス予測時間算出装置。」

2.請求人の主張の概要

これに対して、請求人は、

a.1970年10月にGORDON DAVID CLOSS氏によって執筆された英国マンチェスター大学の学位論文「THE COMPUTER CONTROL OF PASSENGER TRAFFIC IN LARGE LIFT SYSTEMS」。(甲第1号証)

b.特開昭48-70247号公報(甲第2号証)

c.「三菱電機技報Vol.46」1972第1361~1367頁の「O.S.システム-700全自動群管理エレベータ」と題する論文。(甲第3号証)

d.1987年9月7日附けマンチェスター大学のG.C.バーニー博士からフジテック(株)の石丸治氏に宛てた書簡。(甲第4号証の1)

e.ミルドレッドイエガー氏が作成したマンチェスター大学理工学部図書館所蔵論文の論文借用証。(甲第4号証の2)

f.アーサー・Sプライバー氏が作成したマンチェスター大学理工学部図書館所蔵論文の論文借用証。(甲第4号証の3)

g.ジョセフ・J・ベン・ウリ氏が作成したマンチェスター大学理工学部図書館所蔵論文の論文借用証。(甲第4号証の4)

h.1987年11月19日附けのフジテック(株)の石丸治氏からG.C.バーニー博士に宛てた書簡。(甲第5号証)

i.1987年12月18日附けのマンチェスター大学の理工学部図書館官吏M.P.デイ氏からフジテック(株)の石丸治氏に宛てた書簡。(甲第6号証の1)

j.ミルドレッドイエガー氏が作成したマンチェスター大学理工学部図書館所蔵論文の論文借用証。(甲第6号証の2)

k.アーサー・S・プライパー氏作成の宣誓書。(甲第7号証)

l.D.レビ氏作成の宣誓書。(甲第8号証)

m.ダン・レビ氏作成の「垂直輸送の最適制御」と題する研究論文。(甲第9号証)

n.昭和44年7月7日発行の朝日新聞大阪15版(4)面(甲第10号証の1の1)

o.同上の一部分拡大コピー(甲第10号証の1の2)

p.昭和44年7月23日発行の朝日新聞3版(10)面(甲第10号証の2の1)

q.同上の一部分拡大コピー(甲第10号証の2の2)

r.昭和44年7月24日発行の朝日新聞12版(14)面(甲第10号証の3の1)

s.同上の一部分拡大コピー(甲第10号証の3の2)

t.昭和44年7月25日発行の朝日新聞12版(4)面(甲第10号証の4の1)

u.同上の一部分拡大コピー(甲第10号証の4の2)

を提出し、「本件発明」は、要するに、甲第4~9号証の書面により本件特許出願前に頒布された刊行物に該当する甲第1号証の論文、及び、甲第2、3号証の刊行物にそれぞれ記載された発明、並びに、甲第10号証(n~u)に例示された当たり前の経験則に基いて当業者が容易に発明できたものであって、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであるから、本件特許は、特許法第123条第1項第1号の規定により無効にされるべきものであると主張する。

3.当審の判断

3-1.甲第1号証の公知性

本審判事件においては、甲第1号証の論文、即ち、「甲第1号証の写し」の対象とされたものが、特許法第29条第1項第3号にいう本件特許出願前に頒布された刊行物といいうるか否かについて当事者間に争いがあるので、まずこの点について判断する.

ところで、「甲第1号証の写し」の対象とされている「甲第1号証の論文」(審判請求書第10頁第16行)については、これが、1972~1973年当時にマンチェスター大学の理工学部図書館に預けられていたGORDON DAVID CLOSS氏の「THE COMPUTER CONTROL OF PASSENGER TRAFFIC IN LARGE LIFT SYSTEMS」という学位論文の原本(以下、この原本のことを「CLOSS論文」という)を指し示しているとすると、特許法第29条第1項第3号にいう頒布された刊行物とは、公衆に対し頒布により公開することを目的として複製された文書、図面その他これに類する情報伝達媒体であって、頒布されたものを指すところ、学位論文の原本自体は、他に頒布されるものではないので頒布された刊行物とは言い得ないので、明らかに、特許法29条第1項第3号の規定にいう頒布された刊行物とは認められない。

したがって、前記「甲第1号証の論文」とは、「CLOSS論文」の複写物を指しているものと認め、かかる複写物が本件特許出願前に頒布された刊行物であるか否かについて検討する。

「CLOSS論文」が1972年12月より希望者が自由に閲覧し得る状態に置かれていたこと、および希望者には論文の写しが要求により交付される体制にあったことは、甲第4号証の1のG.C.バーニー博士の書簡、甲第6号証の1の図書官吏M.P.ディ氏の書簡から認められる。

そして、このような状況の中で、ミルドレッドイェガー氏、アーサー・S・プライバー氏、ジョセフ・J・ベン・ウリ氏等が現実に複写物を入手したと請求人は主張している。しかしながら、甲第4号証の2~4、甲第6号証の2のこれらの3氏の論文借用証は単に論文の貸出及びコピー送付の申込があったことをうかがわせるのみである。甲第7号証及び甲第8号証の宣誓書は、アーサー・S・プライバー氏とD.レビ氏が何らかの写しを受け取ったことが認められるのみである。甲第9号証のD.レビ氏の研究論文からは、D.レビ氏が「CLOSS論文」の存在を知っていたことが認められるのみである。さらに他の甲第4号証の1、甲第5号証、甲第6号証の1を含めて全体的に判断しても、これらの3氏が「CLOSS論文」の内容を知ろうとして何かを入手した可能性がうかがえるのみである。このように、甲第4~9号証からは3氏が「CLOSS論文」の内容を知ろうとして何かを入手した可能性がうかがえるのみであって、これらの3氏が本件特許出願前に入手したものが「CLOSS論文」の複写物であると認めることはできない。

次に、「甲第1号証の論文」を対象とした写しとして実際に請求人が提出した「甲第1号証の写し」に言及すると、この「写し」が「CLOSS論文」と同じ内容のものであることについては証明がなされていないし、また、この「写し」が前記3氏の入手したものと同じ内容のものであることについても証明がなされていない。それ故、請求人が提出した「甲第1号証の写し」は、「CLOSS論文」を対象とするものであるとも、また、本件特許出願前に交付を受けた「CLOSS論文」の複写物を対象とするものであるとも、認めることはできない。

よって、本件特許出願前に「CLOSS論文」の複写物を入手した者がいたこと、およびその入手物が「甲第1号証の写し」の対象とされたものと同じ内容であることを認めるに足りる証拠が提出されていないことから、「甲第1号証の写し」の対象とされたものは、特許法第29条第1項第3号にいう本件特許出願前に外国において頒布された刊行物に該当するものとは認められない。

3-2.容易性

上記3-1によって、「本件発明」は、甲第1号証の論文に記載された発明をもって特許法第29条第2項にいう前項各号に掲げる発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであって特許を受けることができない、とすることはできない。

また、甲第2号証には複数の階床をサービスするエレベータであることと、少なくとも当該エレベータの位置と停止すべき階床を示す信号を入力し、ホール呼び発生階床に当該エレベータがサービスするに要する時間を算出する手段を有することが記載されており、甲第3号証には複数の階床をサービスするエレベータであることと、乗場呼び発生後の継続時間を算出する手段を有することが記載されており、そして、たとえば甲第10号証に示されるように、出来事全体の所要時間を予測する際に、出来事の開始から予測時点までの経過時間と、予測時点からその出来事の終了時点までの予測時間とを加算して求めることは一般的な経験則である。しかしながら、「本件発明」における、エレベータがサービスに要する時間と、ホール呼び発生後の継続時間とを加算して、ホール呼び発生後エレベータがサービスするまでに要する時間を算出する点については、甲第2、3号証および一般的な経験則には示されておらず、また示唆するところもない。したがって、「本件発明」は、甲第2、3号証および前記一般的な経験則に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであって特許を受けることができない.とすることもできない.

4.したがって、請求人が主張する理由および提出した証拠方法によっては本件特許を無効とすることはできない.

よって、結論のとおり審決する。

平成3年11月21日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例